芥川龍之介賞を受賞したオススメ小説10選【文学賞から次に読む本を探す】

純文学の登竜門である芥川賞(正式名称は芥川龍之介賞)。
文学に興味のない人でもその名前くらいはしっているものであると同時に、小説に親しみのある人でもちょっと敬遠してしまう賞でもありますよね。
なにせ純文学ですから、ちょっとハードル高め。
でもそんな事はありません、純文学は思ったほど難しい小説というわけでもないのです。
ぜひこれをきっかけに純文学に親しんでみませんか?

芥川賞とは

ではまず芥川賞について知っておきましょう。

芥川賞の概要と歴史

芥川賞こと芥川龍之介賞は、日本文学振興会によって選ばれる文学賞です。
芥川賞が純文学の賞であることはけっこう知られているのですが、実はこの賞が「新人賞」であることはあまり知られていない事実で、本来は純文学の新人に与えられる賞です。
ちなみに、芥川賞を制定したのは芥川龍之介の友人であった作家の菊池寛(文藝春秋社の創立者)。
また、菊池寛は芥川賞を制定したのと同時に、大衆小説の新人賞として直木三十五賞(通称直木賞)も制定したことから、日本文学界の2大文学賞とされています。
ちなみに、第1回受賞者は石川達三であり作品は『蒼氓 』となっています。

芥川賞の性質と直木賞との違い

芥川賞は、先程も説明したとおり純文学の新人賞です。
しかし、純文学の定義というのは視点によって曖昧なものであり、同時に大衆文学との協会はかなり微妙でもあるので、しっかりとした基準は存在しません。
大衆文学である直木賞を純文学者の井伏鱒二が受賞したこともありますからね。
特に最近は、いわゆる大衆文学というものの幅が広く、純文学との境がより一層わかりにくくなっているため、芥川賞といえどもややライトな趣の作品も受賞しています。
ですので、特に最近の作品に関しては、純文学を敬遠するような人でもしっかりと読むことのできるものが多くなっているのです。

芥川龍之介賞を受賞したオススメ小説10選

では、早速おすすめの作品を見ていきましょう。
ここでは、どちらかというと読みやすい作品をメインにおすすめしていきますね。

1|蛍川(著者:宮本輝/新潮文庫)

1977年下半期、第78回芥川賞受賞。
宮本輝の代表作『蛍川』『泥の河』『道頓堀川』でなる川三部作の一つで、本作が芥川賞、同じく『泥の河』が太宰治賞を受賞しています。
蛍川の舞台は昭和37年の富山。
牧歌的な雰囲気の中で主人公が経験する淡い初恋と周りの大人達の死。
若者の感情と死とのコントラストを描かせたら、こんなにうまい作家はいないと言っていいほどに、その2つの絶妙な対比によって、宮本輝の作品は輝きを生んでいきます。
そしてクライマックスに登場する死にゆく蛍の乱舞の場面。
まるで絵を描くような色彩と情景の中に、本作の主題を込めた情感溢れる描写は、芥川賞にふさわしい芸術的な出来栄えになっています。
文字数もあまり多い方ではなく、また文章もとにかく読みやすい。
芥川賞を受賞する小説の力というものを、かなりハードル低く感じることのできる作品ですので、ぜひおすすめの一冊になります。

2|火花(著者:又吉直樹/文藝春秋社)

2015年上半期、第153回芥川賞受賞。
実はこの作品が、芥川賞の歴史の中で一番売れた作品なのですから、お笑い芸人の又吉さんは多彩というか鬼才というか、さすがというしかないですよね。
しかもマスコミの注目度が高く、多くの人がこれをきっかけに純文学の世界へと足を踏み入れた作品でもあります。
この作品は、流石にお笑い芸人の方が書いたものらしく、お笑いの世界での友情と笑いの本質に迫る怪作で、徹底したリアリズムと純文学ならではの陰影のきいた描写が素晴らしい作品です。
しかも、又吉直樹自身が太宰治に傾倒していたこともあってか、随所に見られるまさに純文学らしい描写も必読。
読みやすい内容とわかりやすい展開、それでいて純文学ファンをうならせるようなまさに純文学と言った表現とがバランスよく配置されていて、受賞にもベストセラーであることにも頷ける作品です。
また、映像化もされていますので、途中でギブアップしそうな人は映像を見てからというのもいいかもしれませんね。

3|乙女の密告(著者:赤染晶子/新潮文庫)

2010年上半期、第143回芥川賞受賞。
芥川賞受賞作品が商業的に伸びないのは、芥川賞自身が難しそうな雰囲気があって敬遠されているからだろう。と、感じさせてくれるそんな作品が本作。
もちろんこの作品も純文学である以上人間の内面に深く切り込む作品ではあります。
しかし、その文体はどこも難解な点はなく、また、エンターテインメントとしても傑作であり、リーダビリティに優れたいわゆる売れる作品の特徴をしっかりと備えた作品なのです。
内容は、スピーチコンテストを巡る、乙女たちの人間ドラマ。
物語の下地として、そして作品内の大切なマクガフィンとしてアンネの日記が登場し、そのアンネの日記を主軸にして物語は進んでいきます。
登場人物も個性的で、物語性も抜群なため、息をつく暇もないほどに作品世界に没入できる作品です。
そして、最後まで主人公が覚えることのできなアンネの日記のフレーズ。
そのフレーズの意味を知ったとき、この作品は色彩豊かに咲きほころびます。

4|苦役列車(著者:西村賢太/新潮文庫)

2010年下半期、第144回芥川賞受賞。
この作品は2012年に森山未來主演で映画化もされた有名作で、日本私小説回の代表作家である西村賢太の名を世に轟かせた作品でもあります。
西村賢太自身、メディア露出も多くご存知のかたも多いかもしれません。
その独特の風貌とかなり奇妙な語り口から、なんだか変なおじさんのように思われているかもしれませんが実は日本の私小説界をリードする作家でもあるのです。
そんな西村賢太の苦役列車は中卒で働き、一般的には自堕落とも言える生活をひょうひょうと生きる男を描いた私小説ですが、その生き方がまさに作家の生き方そのもの。
しかもその文体も、とにかく奇妙で、作家本人が「笑えることを目指しています」というほどに、滑稽でリズミカルで、とても読みやすい作品でもあります。
まさに破天荒な作家の書いた破天荒な作品。
芥川賞とは上品な芸術作品全塗したものが受賞する賞ではないのだということが、この一冊ではっきりとわかる。
そんな作品です。

5|きことわ(著者:朝吹真理子/新潮文庫)

2010年下半期、第144回芥川賞受賞。
父は犯罪者、母に女手一つで育てられ、中卒で自ら暴行事件を起こしたことのある西村賢太と同時に芥川賞に受賞した朝吹真理子はうって変わって血統書付きのサラブレッド。
父はフランス文学者で詩人の朝吹亮二、大叔母の朝吹登水子と祖父の朝吹三吉は日本を代表する翻訳家。
まさに、文学者一家の家に生まれた朝吹真理子とアウトロー西村賢太との同時受賞は当時大きな注目を浴びた珍事とも言える事件でした。
そんな彼女の作品はまるで夢の世界を漂っているかのような幽玄無実な世界。
それこそ、一番近い感覚は午睡のまどろみという感じで、絶え間なく織りなす五感を余すところなく刺激してくる描写は川のようになめらかに流れ、読者の感覚を優しく燻してくれるよう。
そう言う言い方は良いとは思いませんが、まさに西村賢太とは真逆の育ちの良さ満開の作品ですね。
優しい音楽を聞くような本作は、是非ご一読いただきたい。

6|abさんご(著者:黒田夏子/文藝春秋社)

2012年下半期、第148回芥川賞受賞。
芥川賞のその性質が新人賞であることは前述のとおりですが、そうであるならばまさにこのとき受賞した著者の黒川夏子は史上最高齢の新人作家と言っていいでしょう。
なんと、受賞時の御年75才、もちろん芥川賞受賞最高齢です。
さて、当初より純文学初心者でも読みやすいをモットーにおすすめしているこのランキング。
しかし、この作品は選考委員である宮本輝自身でさえ「投げ出したくなった」というほどに難解で、固有名詞がほとんど出てこない究極に不親切な文章です。
しかし、だからこそ、この本は誰であってもゆっくり読むんですね。
一つ一つの日本語をじっくりと、スルメでも食べているかのように噛みしめるように読み進めていくと、煩わしさの向こうに、このスピードで読むからこそわかる奥深い味わいが見えてくる。
そう、本作は、読書という行為そのものを快楽に変えていくという、小説の新たな一面を感じる作品なのです。

7|死んでいない者(著者:滝口悠生/文藝春秋社)

2015年下半期、第154回芥川賞受賞。
人間観察というものが大好きな人にはたまらない、そんな徹底した人間観察の中で人間の本質をえぐり出していくのが滝口悠生の本作。
とある人の通夜に現れた様々な立場の親戚たち。
あるものは外国人で、あるものは引きこもり、またあるものは失踪者であったりと言った、全く社会的ステータスも置かれている状況も違う人間が通夜という席に親戚というつながりだけで集う。
この、ある意味滑稽でそして興味深い異空間を作者のいっそ爽やかとも言える涼やかな文体で描写していくさまは、まるで人間というものの博物館でも見ているような気分になります。
そして読むにつれタイトルの死んでいない者という表現の面白さにも気づくことができるでしょう。
そこに描かれるのは、死んでこの世からいなくなってしまった死んでいないものと、死んだ人間のもとに集うまだ死んではいない者たち。
その奇っ怪なドラマです。

8|限りなく透明に近いブルー(著者:村上龍/講談社)

1976年度上半期、第75回芥川賞受賞。
村上龍という、いまではなんとなくインテリ臭いおじさんになってしまった男の処女作がこの作品なのですが、そこに満ち溢れているのは暴走する欲望の甘くすえたようなニオイと空気。
脳を刺激するような音楽をドラッグ音楽と言いますが、であればこれはまさにドラッグ小説というべき作品です。
リュウという完全に作者自身を投影した主人公が織り成す、暴力とセックスと麻薬に溺れる日々。
米軍基地の中で織りなされるそれは、どこまでも退廃的で自堕落で、そして若者独特の厭世観と他人事感がにじみ出ている決して美しくない世界。
なのに、そこにあるのは色彩豊かな、どこまでも私的で美しい世界。
作中で、その自堕落で退廃的な生活について、肯定をするでも否定をするでもなく、ただそこに刹那的に現れる感情の色を生々しく描写していく損作品です。
瞬間に輝く若者の光を感じる、傑作。

9|コンビニ人間(著者:村田沙耶香/文藝春秋社)

2016年上半期。第155回芥川賞受賞。
人間社会の中にある常識を常識だと思わずに生きているそんな人間がいて、その言葉に説得力があるとしたらどうなってしまうのか?
そんな常識の危うい境界について考えさせられるのがこのコンビニ人間という作品。
社会に出て働いているときは、一人の人間として正常な社会性を持っている主人公が実はその心の奥底に自分の価値観と合理性、そして論理性に裏付けられた奇妙な価値観をもって生きている、
常識的に考えたら、どうしても受け入れられないような価値観であるのに、妙に説得力のあるその常識。
その姿は、まるで合理性と論理性のみを突き詰めていく現代社会の警鐘のようにも、また、倫理に傾倒することで合理性を失いつつある新しく見え始めた社会への危機感のようにも取れる不思議な作品です。
読み進めるごとに、自分の中の常識が手触りのあやふやなものになっていく感覚。
この作品でしか味わえない感覚です。

10|蹴りたい背中(著者:綿矢りさ/河出文庫)

2003年下半期、第130回芥川賞受賞。
高校在学中の17歳という異例の若さで文芸賞を受賞してデビュー、そしてそのまま2作目の本作で芥川賞を19歳という史上最年少で受賞した綿矢りさ。
そのデビューは鮮烈で、社会的にも大きな話題となりました。
そして、その作品であるこの蹴りたい背中は、純文学というものに対する世間の印象を一変させた作品であると言っても過言ではありません。
未だ思春期とも言えるみずみずしい感性で描かれる、青春小説のような内容。
しかし、そこにあるのは、視覚や嗅覚と言った五感を使って、そして時に物質として目の前に表すことによって、よりリアルに鋭角に表現される感情のカタチ。
女子高生独特の語り口の中にある、確かな文学性。
その、対比を楽しみながら独特な世界観の中にある心をキュッと締め付ける感覚を楽しめる作品です。

純文学ってなんだろう。

ここにある作品は純文学の新人賞である芥川賞の受賞作です。
しかしどれもその趣も文体も、そして色合いもまったく違った作品たちばかりです。
ぜひ読んでみて、純文学の世界というものについて、考えてみてはいかがでしょうか。

この記事が気に入ったらシェアしよう!